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赤谷プロジェクト視察報告
平成19年12月15〜16日
文責(RPN事務局)
1.視察対象
 赤谷プロジェクト地内(群馬県みなかみ町、利根川水系赤谷川支流・茂倉沢治山ダム撤去事業)
2.日時
  平成19年12月15日、平成19年12月16日
3.目的
赤谷プロジェクト(三国山地/赤谷川生物多様性復元計画)において、国内初の治山堰堤撤去決定のニュースが流れた。他の治山堰堤が改修や、放棄という選択を行う中、なぜ赤谷では、撤去という選択肢となったのか、またどういった問題が撤去にいたるまでの事業策定過程で発生したのかなどを調査し、他地域へ応用・紹介する際に参考とできるものを探すことを目的とし、現地調査を兼ねた交流視察を企画、実施した。
4.視察にご協力頂いた方々
   茅野 恒秀 日本自然保護協会(NACS-J)赤谷プロジェクト担当
   林 泉    赤谷プロジェクト地域協議会代表幹事(川古温泉)
   岡村 健   赤谷プロジェクト地域協議会幹事(法師の湯)
   安田 剛士 赤谷プロジェクト地域協議会事務局長(アミ動物病院)
5.行程表
1日目:平成19年12月15日
   13:30  みなかみ町赤谷湖畔に到着。
   ~14:30  プロジェクト流域概要把握のため、ダム湖上流域三国峠付近の視察。
   ~14:40  NACS−J茅野さん合流・参加者自己紹介。
   ~15:30  法師沢エリア(法師温泉)の視察
   ~17:30  法師温泉にて地域協議会メンバーらとの交流
   18:20  宿泊地到着・川古温泉
   19:00  夕食・情報交換会・質疑応答
   ~24:00  懇親会・部屋にて資料をもとに詳細の質疑応答
2日目:平成19年12月16日
   08:00  朝食と当日打合せ
   09:00  出発 茂倉沢〜赤谷川本流視察(1号堰堤・2号堰堤・3号堰堤間の往復)
   12:15  宿泊地帰着
   13:15  昼食兼視察時の質疑交換会・今後の計画と協力について・写真撮影
   14:20  赤谷発
   
法師温泉の質疑にて、背景の説明
 赤谷プロジェクト対象地域の住民活動の背景について、地域協議会メンバーの法師温泉経営、岡村健さんらにより説明。過去の国土計画鰍フ猿ヶ京スキー場開発反対運動による、住民組織の発展等の赤谷プロジェクト発足までの背景の説明。
 流域の自然概要や、それを基にした地域産業である観光・温泉旅館との関わりについての説明など。クマタカやイヌワシなどの繁殖確認をもとにアンブレラ種が生き抜く環境と、自然の豊かさを基盤とする温泉旅館が本質的に同じものであるとしていた温泉旅館としての活動理念が、今に至るまで、地域で重要な環境保全の要素であるとの説明。
 現在も、自然環境の豊かさが秘湯としての集客力となっているとのこと。スキー場の開発中止と、川古ダム建設中止の経緯の背景などの説明も。
 一斉拡大造林により、手が入れられ疲弊している現状の森林環境の再生の必要性を感じ、地元の主幹産業の代表者として赤谷プロジェクトにかかわっているとのこと。その他、流域の環境や、法師温泉上流域の砂防・治山堰堤について経緯など参加者の質疑に回答。
 赤谷プロジェクトメンバーより、モニタリングをしているサルの話や、堰堤撤去以外で行われている赤谷プロジェクトへ参加するきっかけ等を聞く。
 地域の自然を再生していく一端を担える誇りと楽しさといったものを参加することで受けているとの印象を得る。
情報交換会で感じたこと
 治山堰堤撤去に至った経緯と、組織体系についての質疑応答。NGO組織(NACS-J)、行政(関東森林管理局治山課)・地域協議会の三者がプロジェクトの内容を企画段階から関与し、合意の上決定しているなどの組織作りと体系についての説明。
 それぞれが納得づくではないとそもそも企画すら通らない組織であると説明を受ける。現在赤谷プロジェクトで行っている6つの部門のすべてに茅野さんはNGO代表の立場で担当者として出席。各事業で必要に応じそれぞれ専門家に参加してもらいワーキンググループを編成して問題の解決にあたっている。
 各組織が、それぞれ地域でやりたいことを持ち寄って、プロジェクトを決定していく組織づくりを心がけているとの説明。
 哺乳類調査から、鳥類の調査、沢の生態系再生まで、生物多様性の再生といった視点から、複数の部門が相互補完的な関係によってなっているとのこと。
 他、地域協議会のメンバーと林野庁の職員らによる密接な協議体制づくりについての説明も。全国に10つ(常呂川・釧路湿原・石狩・大沼・朝日庄内・赤谷・箕面・木曽・四万十川・西表)あるパイロットフォレストの中でも意志決定機関が特殊であることや、赤谷を参考として作られた綾の森との組織機能の比較などを参考に、プロジェクト実現の背景と特色を説明。
 やりたいことを吸い上げる組織作りの難しさについて、よそと比較することで端的に表現していただく。


現地視察の報告

 現地視察の16日は、15日の深夜23時ごろより降り出した雪により、一面の雪景色となる。朝の時点で積雪は25センチほど。8時の日程最終決定の朝食時にも、時折吹雪く天候となる。打ち合わせ時の参加者の山行の経験と装備を勘案し、赤谷川本流〜bRダムまでの遡行と往復の予定を、斜度の緩やかなbPダムからの堆砂区間からに変更する。
 bPダム地点まで、林道を通りbPダム脇より、茂倉沢に入渓する。
瀬と淵の再生過程のデータをとるためとみられる、斜め、V字型、直角と堆砂敷の流路に実験的に設置されていたログ(丸太)ダム。
No.2ダム。向かって右側、左岸下流部の底抜けが見える。底抜け部は大人の身長ほどの高さ。
底抜けした部分をくぐり、堰堤の底抜け部を撮影。崩れたコンクリートと流出途中の堆積物が確認できる。
 bPダムは、満砂状態で、上流部のかなりの区間を堆積土砂があり、勾配の小さな区間が続く。第1堰堤にはモニタリングのものと思われる水量計のようなものが設置してある。
 上流部は、かなり長い期間、土砂が貯まった状態で安定している様子で、河畔林が、堆砂エリアに成長している。土砂の流出状態によっては、これらの河畔林も搬出していく可能性があると説明がある。
 bQダムの底抜けにより発生した土砂の影響もあるとみえ、かなりの長い区間土砂がたまっている。
 治山堰堤がなかった状態の河床に戻すのか、河畔林がある河床状態を維持するのかというのも、プロジェクトを実施する際に、「どの時点までの自然環境に再生させるのか」ということで非常に大きな問題となったとのこと。計画策定時に、達成目的の定義づけをしっかりする必要性を実感する。
 途中、堆砂がたまって流路が直線となっていた区間に、丸太を流れにさまざまな角度でおいて、瀬と淵がどのように再生されていくのかのモニタリングを行っている区間があった。
 このログダムによるモニタリングは、赤谷プロジェクトに参加している専門家や学生によるもので、事業の進捗に合わせ、様々なデータをとっていると説明。
 モデル事業として各所、各専門部門で実験的なデータがとられている様子があり、生態系再生に向けて何が有効かを試し試し行っている印象であった。
 得られたデータにより行われる全国へ向けた情報の公開と蓄積が楽しみである。ログダムでは少しではあるが、瀬と淵が発生していて、魚類の生息が期待できる様子であった。流木利用による落差の小さい、魚類への影響が少ないログダムでも、十分に土砂調節機能をもっているとの説明があった。
 河岸の崩落地や、流路の方向など、撤去によって現れると予想されている現象がどこに位置しているかなどを遡上しながら説明していただく。
 堆砂敷を歩くこと約30分で中央部撤去のbQ堰堤に到着。平成14年の豪雨時であると推察されている、左岸側下部の底抜けが見える。
 参加者がそれぞれ前景や底抜け部を撮影後、参加者全員で写真撮影。
底抜け部は、大人が軽くかがむ程度でくぐれるサイズになっている。内部のコンクリートが見え、老朽化している様子が観察できた。
 かつては満砂状態だったbQダムも、底ぬけにより、堰堤直上流は土砂が下がっていた。堆砂敷に生えていた木の根本が崩れることによって河川に横たわっている。荒れている河川であるという印象。
 bQダムで引き返し、bPダムから帰路に着く予定であったが、天候が持ち直したということと、時間的に余裕があったので、そのまま上流のbRダムまで行くことに。
 bRダムも撤去対象となっており、こちらも底抜けをしている。
 bRダムは、直下流に、副ダムを持っていたが、これも破壊されていた。どちらも雪の下になっており、全容をよく見ることは難しかった。底ぬけの状態はbQダムより小さいが、骨材まで見ることが出来た。
 天候が回復したため、bRダムから赤谷川本流との合流点まで下ることに。
 過去、関所を通らない裏街道が茂倉沢沿いにあり、沢から裏街道へ移り、本流まで下る。
 bPダムから下流は、天然状態に近い瀬と淵が連続する渓流環境であり、本来の河床状態の様子が推察された。目的とする河川の再生状態として現在の上流部との比較ができる区間であった。土砂の供給は満砂になったbPダムから供給されているものとみられ、特段河床の低下や砂礫が少ないなどの印象は受けなかった。
 本流合流までの最下流には、上水用水利を目的として建設された取水堰があり、現在は水利権先が不明となっている。しかしながら現在は林野庁の管轄外であるため、赤谷プロジェクトの対象とはなっていない。最下流にあるとのことで生態系に与える分断の影響は茂倉沢ではもっとも大きいため、今後は林野庁だけでなく、これらの水利を管轄している他機関との協働関係なども構築していき、ゆくゆくはこの取水堰にも手を入れ、茂倉沢と赤谷川の連続性を確保したいとの説明があった。
 赤谷川では、茂倉沢がもっとも多い17の治山堰堤があるということであったが、その歴史的要因として茂倉沢と赤谷川の合流部の河原に、戦時中火薬精製用の酢酸をとる工場があったと説明を受ける。この工場により、茂倉沢上流部の木材が木酢液をとるための木炭とされ、森、ひいては沢が荒れその後治山堰堤が入れられたのではないかとの説明がある。
 土地の歴史を知る地域協議会の参加が得られたことによる収穫だという印象。土地利用の歴史から、しっかりとした議論とビジョンを構築する必要性を痛感する。

詳しくは下記リンク先をご参照下さい
赤谷プロジェクトHP(日本自然保護協会)
http://www.nacsj.or.jp/akaya/home.html
林野庁関東森林管理局 赤谷森林環境保全ふれあいセンター
http://www.kanto.kokuyurin.go.jp/akaya/akayaproject/
林野庁関東森林管理局 赤谷プロジェクト近況報告(PDFファイル)
2007年1月
http://www.kanto.kokuyurin.go.jp/akaya/akayaproject/report_pdf/akaya19-01.pdf
2007年6月
http://www.kanto.kokuyurin.go.jp/akaya/akayaproject/report_pdf/akaya19-06.pdf
林野庁関東森林管理局 平成18年度赤谷センター活動報告(PDFファイル)
http://www.kanto.kokuyurin.go.jp/akaya/h18_houkoku.pdf

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